プライス・ポッテンジャー栄養基金
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歯科医メルビン・ページ(1894-1983)

ボブ・ジャクソン


我々は、車を再発明するためにとてつもない時間とエネルギーとお金を使うことが時々ある。 探している答えが既に他の人が見つけているのに、古臭い答えだという理由で見過ごしていることがある。 時には答えが受け入れにくいほど簡単なことがある。 ここに紹介するのは、50年前も今も変わりなく健康に当てはまるあまり新しくない栄養の先駆者の話である。

 ペンシルバニアのピクチャーロックの町に1894年に生まれたメルビン・ページは、医師の3人の息子(うち2人は発明家として成功している)の長男として生まれ、身体化学平衡と栄養の革命的先駆者となった。

 大学に一年居た後、ページ博士は勉学を止め教師の道を歩み始めた。 モンタナのローズバッドで教室が一つの学校の校長になった。ここでは野生動物を狩り、コーンミールケーキを作り乾燥地の農家が収穫できるものは何でも食べて生きざるを得なかった。 冬には、平均零下25度になった。 二年後、彼はミシガン大学に戻ることに決め、ここで歯科の外科博士号を取得したり、予備役仕官軍の将校に任命され中量級ボクシングのチャンピオンになりシグマ・エプシロン学生会の会員になった。

 1919年にミシガン州のマスクゴンで歯科を開業し、ここでこの地区最高の歯科補綴医として知られるようになった。 傷をなくし垂直距離を最適化して歯槽骨の損耗を最小限にするという技巧原則にそった総入れ歯を発明した。 この頃、従来の入れ歯では2年半しかたっていないのに作り直さなければならないことに気付いた。 患者の顎の骨が入れ歯やブリッジで吸収されていった。 これは栄養不良(中には複雑な原因で)特に北米人に今でも問題なのである。

 彼は何故歯が吸収されてゆくのか、何故彼の患者の口が悪くなって行くのか知りたくなった。 この調査をマスクゴンのマーシィ病院とハックリー病院で実施した。 2000以上の血液検査を行いカルシウムとリンの比率が10:4であれば吸収(虫歯も)しないことを発見した。 米空軍歯科研究局は、彼のカルシウム/リン比が正しいことを42年後に確認している。 ページ博士は、血糖値が85+/-5でなければならないことも発見している。(スカルボ検査)

 この比及び血糖値を回復すると吸収がなくなった。 こうしてメルビン・ページ博士の基礎研究で砂糖が血清カルシウムを増やすことが分かったのである。 カルシウムは骨から引き出され血清に入って行く。 ページ博士は、両方の病院の医師としては最年少だった。 彼は、食生活や栄養が歯に影響を及ぼすほど生化学的状態を変えうること、紹介されてきた患者に砂糖を止めて食習慣を変える様に敢えて言ったため受け入れられなかった。 同業者から排斥され、病院でも個人の診察でも血液化学の研究を一時的に止める事にした。 ページ博士の同僚グループで親友には、サミュエル・ビール歯科医、D.C.ジャービス医師、ロイヤル・リー歯科医、ウィリアム・シェルドン博士、英国のT.L.クリーブスM.R.D.C.フランシス・ポッテンジャー医師、ウェストン・A・プライス歯科医、J.I.ロディル(予防マガジン)、それにビクター・ピアスが居る。 この人たちは今日いう代替医療を構築した先駆者達である。 この人たちは皆、人間が自然な状態でまともな栄養を取っていれば退化病を知らずに生きられたのだから、工業化に突き進むことは健康に生きるための基本的生命原則を見過ごすことだと考えていた。

 ページ博士は、ミシガンを去ってフロリダの聖ピーターズバーグに住んだ。 医師の免許発行を待つ間、深海漁業の漁師になった。 ここでも、困難に直面して、彼は自分の愛する自然と野外生活に戻った。 自然への愛は、1940年にフロリダで開業してから死ぬまで彼の臨床の根幹を貫いていた。 この栄養学の先駆者は84歳の時でも、事務所までほとんど毎日一マイルの距離を歩いて往復した。 彼の治療は、1963年に結婚した診察技師の妻へレンとの共同作業だった。 治療の哲学は単純で理に適っていたが、早く治して欲しがる患者には不便だった。 体が悪くなるには、それなりの時間が掛かってきている。 流行の食べ物、早い治療、過激な療法は、有害な副作用しか起こさない。

 ページ博士は、身体の化学平衡が正しい栄養やその他の要素によって最適状態であれば、歯の問題を予防するだけでなく当然他の身体にも影響を与える。 身体化学と栄養は、全身に有益な影響を及ぼしかつ歯に好影響であるとはっきり述べている。 実績を見る限りこの人の歴史は、本当の先駆者のそれであり、歯科や医学の専門の同僚、報道、その他から彼の前向きの考えに批判を受けるという大変な困難にもかかわらず唱えた続けたことは、

  • 砂糖の有害な影響
  • 保存性を高めるために化学添加物や食品保存料を使うことの有害性。
  • ビタミン、ミネラル、消化酵素で毎日の食事を補完すること
  • 誰にでもミルクが完全食なわけではない、だった。


最適な心身の健康状態を保つために、微量のホルモンを使って内分泌システムをバランスさせなければならない。

 ページ博士は、全ての人の福祉に本当に関心を持っていた人で人間に総合的に貢献することに尽くした。 彼は、何年も昔に技術が作り出す人工的環境が知らぬ間に人類を滅ぼすという危険性に直面していることに気付いていた。

  ページ博士の診察室を訪れた患者は皆この重大なメッセージに直面しなければならなかった。 このメッセージが、全ての人に影響がある文明による増え続ける危険性を知らせ、その対策に挫けることなく絶え間なく取り組んだ彼の功績の鍵だった。

 ページ博士は、フロリダ州のアカデミー100、ニューヨーク科学アカデミー、国際総合医療協会の会員だった。 アメリカ歯科医師会の生涯会員でもあった。 応用栄養国際大学と英国国立保健協会のフェローで、彼の診療所の壁一面に様々な団体や専門化協会の賞状が掲げられていた。

 アメリカ歯科医師会報、応用栄養学、西部歯周病学会、栄養と健康、義歯学、デンタルダイジェスト、予防誌等に栄養研究の記事を沢山発表している。

 彼が書いた本に、1944年の『老いた体の若い心』、1953年の『健康と病気の身体化学』、1972年のキーツ出版の『あなたの体が最善の医師(体が一番良く知っている)』 と1949年の『退化と再生』がある。

 1972年には、メキシコ市で開かれた『国際歯科連盟』の世界会議に研究発表するために招待されている。 彼の研究は、栄養と健康分野に関心のある科学者、歯科医、医師、記者に国内及び国際的に注目され指標とされていた。 40年近くその考えを持ち続けていたのだから当然だ。 数年前にあったペンシルバニア大学歯学部100年祭では、彼の栄養研究を専門化仲間が認知したことを示して歯学部を『メルビン・E・ページDDS口腔医学診断研究所』と命名した。


 彼のカルシウムーリンレベルとそれがいかに身体の化学バランスに影響しているかを完全に理解できるようになったのは、つい最近のことである。 彼独特の内分泌系の図解が一人一人の遺伝的能力を理解するために最も大切な鍵であることが分かってきた。 このシステムは3000件以上のケース・スタディを使った研究で更に詳しくなっている。 ページ博士は、30年以上も前にこの方式を使って今日蔓延している退化病を治してきている。 

近代医学は、何故この簡単な事実に目を向け受け入れることができないのだろう。

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page last modified:  01/18/2001

 

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